忘れないでね 読んだこと。

せっかく読んでも忘れちゃ勿体ないってコトで、ね。

夏の口紅 読書感想

タイトル 「夏の口紅」(文庫版)
著者 樋口有介
文庫 280ページ
出版社 角川書店
発売日 1999年9月1日

 


<<この作者の作品で既に読んだもの>>


・「風の日にララバイ」
・「遠い国からきた少年」
・「少女の時間」
・「風景を見る犬」
・「魔女」


<< ここ最近の思うこと >>

女性と映画を見に行く時ってどんな作品を選べばよいのか?
おじさんの記憶を探ってみると『ターミネーター4』、『スカイクロラ』、柳広司の『ジョーカーゲーム』、『カイジ2 人生奪回ゲーム』ってなもんを観に行った覚えがある。
(ちなみにその時の女性らとは何の進展もなく・・・)
初デートで映画は止めておけと知り合いから聞いたけど、なるほど確かにそれほど盛り上がらない。
トーク自身アリな陽キャだったら問題ないだろうけど、陰キャ気質の男性は場を盛り上げられずにデートが終了してしまう。ならシャレオツな作品だったらいい雰囲気になるのかな?
いやそれ以前にある程度の仲になってから映画デートしろってことなんだろうけど、じゃあある程度とはどれくらいってなるわけで、まずある程度仲良くなることがすでにハードルで・・・(´-ω-`)

はい、つーわけで今回は樋口有介作品を読んでみよう。
2022年の11月で夏は過ぎてしまったけど読書の秋だから問題ないっしょ。
ではでは夏休み、美女、青春の黄金比で構成された樋口ワールドへいざ飛び込むぞい(=゚ω゚)ノ


<< かるーい話のながれ >>

母親と二人暮らしをしている大学生の笹生礼司。
デザイナーの香織という年上の彼女もいて、始まったばかりの夏休みは穏やかに過ぎていく。
かと思っていたら、十五年以上前にいなくなった父親が死亡したとの連絡を受ける。
葬式を上げた高森家を訪ね二つの遺品を受け取った礼司は、もう一つを姉の方に渡して欲しいと頼まれてしまうのだが、礼司は今まで実姉の存在など一切見たことも聞いたこともない。
その日から名前すら知らない姉探しが始まった。

わたしが誰とフィジーへ行くか、やばい気配、あんたも知らないのかい、ばかでかい蝶、今夜のお祝いは盛大に、日本ミノムシ学会、蛸の生殖行動、わたしの運命ね、迷い蝶、夏の色だし、デートの礼儀、今夜は帰らないで、仏滅なのよねえ、男を見る目、資質、ルール違反、頑張ってちょうだいね、だいっ嫌い、宿命的な相性・・・。

適度な距離感でお付き合いしている美脚の美女香織と、高森家で知り合った無口過ぎる美少女の季里子。二人の存在にゆらゆら迷いながら礼司はほとんど覚えていない父親の痕跡を訪ねて、見たこともない姉に珍妙な遺品を渡す義務を全うしようとする。
大学三年生の笹生礼司にとって、初体験の夏休みが始まろうとしていた・・・。


<< 印象に残った部分・良かったセリフ・シーンなど >>

///無口系ヒロイン高森季里子の魅力///
本作ダブルヒロイン?の一人である高森季里子。
不登校の女子高生でちょっと病気?のある無口な美少女の魅力にやられちゃった。
個人的にグッと来た場面を紹介いたす。

初めて高森家を訪れた礼司は季里子に案内されて、父親の周郎が使っていた部屋に通される。
無口な美少女だが、意外にも反応はしっかりしてくれるし意思の疎通も文字で答えてくれる。
そして年齢を訪ねたときついに・・・。
44Pより。
―――鉛筆を握った季里子の細い指がこまかく震えて、もう少しで便箋に文字があらわれるかと思った瞬間、意外にも飛び出したのは文字ではなく、ちょっとかすれた、小さい拗ねたような声だった。錯覚でなければ季里子は自分の口で「十八」と言ったらしかった。―――
ハイでましたよ季里子カワイイ(*´ω`*)
何考えてるのか全然わかんない女の子が急に頑張って喋ってくれた瞬間。
この時点でもうおじさんはハートブレイクしちゃいましたわ。
でもなんで初めて会った礼司に対して急に喋ったりしたのかって?それは後々に明かされるから読んでのお楽しみよ。

続いてコチラ。
季里子と原宿デートをする約束をした礼司は、待ち合わせ場所に少し遅れてやって来た。ガードレールに尻をのせて一人でいる季里子は輝きを放っており、その気持ちを悟られぬようスラっと声をかける。
120Pより。
―――「デートの相手が遅れたときは、もう少し怒った顔をしてるもんだ」
季里子がガードレールから飛びおり、白い前歯を隠すように、口をへの字に結ぶ。―――
デート相手を見つけただけで嬉し顔しちゃうって、季里子ちゃんは犬かいなイッヌかいな(*´Д`)
きっと弾けるようなニコニコスマイルをブチかましてくれたんだろうなぁ~おじさんも見てみたかったなぁ~。その様子を描写するんじゃなくて、礼司のセリフで表現するテクニックも洒落てるね。

///強烈な個性の女達///
朝帰りをした礼司は、自宅で何らかのお祝い的な準備をしている母親を発見する。
ドレスのようなワンピース姿でテーブルに花を飾りワインを並べ、「新世界」を流しながらちょっとしたお祝いだと母親は説明する。
21Pより。
―――「あかかぶのケーキを焼いてみたの」
「なんのケーキ?」
「赤カブ、知ってるでしょう?よくお漬物なんかでいただくじゃない」
「そんなケーキ、なんで焼いたのさ」―――
もう見た目のインパクトが強すぎる礼司の母親はその性格もかなりクセが強い。
ケーキ研究家で赤カブを使って作ろうってのがまず凡人には思いつかないし、それから始まる過去の作品や厄介事を全部礼司に押し付けていくスタイルも非凡人の特権(笑)
ひとつ気になるのは、なぜ元夫をそれほどまでに恨んでいたのか憎んでいたのか、女心はわからんねぇ。

もう一人の個性強すぎおばさんがコチラ。
父親が最後に暮らしていた高森家にやってきた礼司。
二階から現れた少女に案内されて奥の部屋に入ると、見事に太ったおばさんが鎮座していた。
34Pより。
―――「初めまして、この度は父が、お世話になりました」
おばさんが、うーんと唸り、青や赤のおはじきみたいな指輪が並んだ指で、浴衣の襟をぱたぱたとふり扇いだ。首には犬の首輪かと思うほど太いネックレスが、異様な光を放っている。―――
またまたとんどもなく容姿のインパクトが強い女性がでてきたわ。
思わず思い浮かべてしまったのは「千と千尋の神隠し」に登場した湯婆婆だね。
客人が来るから宝石類を身につけていたのか、普段からそれらを付けているのか、とりあえず見た目通りの強烈な性格なのかどうかは読んでみてのお楽しみ。
読了後に読んだ米澤穂信の解説に納得だわさ。

そして思わずドキワクしたのが181Pでこの女性たちがいきなり対面する場面。
二大強キャラが出会うとき一体何が起こるのか、好奇心が膨らむし184Pのガチ動揺する礼司母も面白いし、ほどよい笑いを提供してくれる作りが素晴らしいわ。

///相変わらず羨ましい主人公の笹生礼司///
樋口作品の様式美、羨ましすぎる主人公設定をご紹介。
ただモテるからモテている訳じゃあない、その細かなテクニックを覚えておこう。

いつものように香織の部屋でまったりしている礼司は、少し前に二人で観た映画の感想を聞かれる。
映画に登場した二人の女性のうち、どちらが良いと思ったのか?と。
17Pより。
―――「礼司くんは、結局どっちがよかったの」
「画家と、写真家?」
香織がうなずき、その顔を見ながら、頭の中だけでぼくは深呼吸をする。―――
このあと礼司が返す言葉に脱帽したわ。なるほどこれは巧いごまかし方法だね。
こんな答えがスルっと出てくるような人間におじさんもなりたかとです(´Д`)
あと一緒に観た映画に対してあれやこれや感想を言い合うシチュも羨ましい。

続いてコチラ。
二人で原宿を散策し、季里子が下着を選んでいる間にプレゼント用の口紅を購入した礼司。
デイパックを背負ったまま荷物をしまおうとする季里子にたいして、礼司はアドバイスをするのだが彼女は頑として聞き入れない。
130Pより。
―――「わたし、背負ったまま物をしまうの、得意なんだもの」
面倒臭くなって、ぼくは季里子の頭に拳骨をくれ、怯んだ隙に、パンティーの紙袋と口紅の包みをデイパックへ押し込んでやった。―――
デートから帰って荷物を取り出していたら見慣れないモノが出てきて、中身は洒落た色の口紅だった時はアンタもう・・・男のおじさんが想像しても惚れてまいそうになるやり口じゃねえか!
こーゆーことがスラっと出来ちゃうなんて、笹生礼司・・・まったくスマートなヤツだぜ。


<< 気になった・謎だった・合わなかった部分 >>

///共通点が多い気がする///
樋口作品は前回『魔女』を読んだんだけど『夏の口紅』と似たような展開がちらほらとあった。みかんと季里子の性格やキャラクターとか、墓地でお話しするシチュエーションとか、251Pの展開とか。
偶然にも二つの作品を連続して読んでしまったからより一層強く共通点が気になっちゃったのかも。
まあ別に悪いって訳じゃないし、まるっきり同じでもないし、楽しめたから無問題なんだけどね。

///それほど重要アイテムじゃない?///
読み終えて思ったんだけど、タイトルにもなっている『夏の口紅』がそれほど重要アイテムって訳でもなかったように感じた。まあ作品タイトルが小説の内容とあまり関連性がないってのは珍しいことじゃないと個人的に思ってるしいいんだけどさ。
と言いつつネットで口紅をプレゼントする意味を調べてみたら、なんとなんとまさかそんな意味合いが!
ごめんなさいね、「夏の口紅」は充分タイトルに相応しい言葉でしたわわわ(^^;)


<< 読み終えてどうだった? >>

///全体の印象とか///
「柚木草平シリーズ」と同じく最初から最後まで笹生礼司の視点から第一人称語りで進んでいく作り。安定した読み心地でちょっとしたミステリー要素?が含まれている本作にはぴったりのスタイルだね。

今回も夏の情景や東京の街並みの描写がしっかり語られている。昔は細かい風景描写とか苦手で読んでいても退屈に感じたけど、今では想像しながら読むゆとりが持てている気がする。
樋口作品の新作がもう世に出ないと知ってしまったから、少しでも味わって読んでおこうって思考に切り替わったのかもね。

///話のオチはどうだった?///
殺人事件があるわけでもない、推理とかがあるわけでもない。だけど小さな謎だったり想定外の展開などはしっかり組み込まれていて、終盤には諸々の風呂敷もしっかり語られて畳まれている。
詳しくは言えないけど、色々なことが判明する場面がまたおセンチな気分にさせられるのよ。
さすが男性向けロマンス小説作家だね。(←個人的に勝手に思っているだけなんです)

あと小説全般に言えることだけど、最後の締め言葉はその本の後味を決める一手だからめちゃめちゃ重要だよね。『夏の口紅』はそこんところも良かった~。
若者の未来と胸躍る夏休みが一気に広がるイメージが湧いてくる、印象深い締めだったよ。
読み終わって思わず聴きたくなったのがゆずの「夏色」とか織田哲郎「いつまでも変わらぬ愛を」だね。
つーかこれらの曲は大体どの夏系作品にも合うか(笑)

///まとめとして///
ちょっと切ないけど爽やかに終わるこの物語。
でも柚木草平シリーズに慣れ親しんだおじさんにはもう少し苦味成分が欲しくなるかもって感じ。
よって樋口作品鑑定人(自称)として「夏の口紅」は・・・樋口小説初心者にお勧めしたい一冊かと!
もちろん既にに嵌ってしまった人にもオススメよ、若い頃のトキメキを一瞬でも思い出せるからね。
はぁ~、おじさんんもこんな夏休みを経験してみたかったわ(ノД`)・゜・。

上でも書いたけど、「魔女」と「夏の口紅」はなんだか似たお話で、詳しく思い出せないけど似たような小説がいくつかあった気がする。だから普通ならまた同じ展開かよって飽きてくるはず。
だけどおじさんの場合は1年くらい経つとまた似たような話が読みたくなってきちゃうのね。
中毒患者みたいにあの独特な文体を欲してくるのだ。
樋口有介にしか出せない雰囲気、世界感、後味がある。だから癖のある文章は強い。
解説では米澤穂信が「夏の口紅」の魅力について見事に語られておりますです。
(気のせいかもだけど、ホータローもどこか樋口作品の主人公に似ている?いや気のせいかな)
ではそろそろ、今回も作中の一品から。
ゴロゴロお肉のビーフシチューとフランスパンが欲しくなる満読感、頂きました。
さぁ~て、次はどんな小説を読もうかな・・・。


<< 聞きなれない言葉とか、備考的なおまけ的なモノなど >>

8Pより。
―――ユニット式のバスタブは足がのばせるぐらい広くできていて、洗面台には薬草の石鹸や水歯磨やクレンジングクリームが散らばっている。―――
洗口液はすすぐだけで歯垢・口臭といった口内トラブルの原因となる食べカスやミクロの汚れ、ネバネバを洗い流してくれる。
水歯磨きはお口に含んですすいだ後にブラッシングして使用するみたい。
買う時は間違えないように気を付けよう。

13Pより。
―――香織が言っているのはぼくらが二時間ほど前に観た『存在の耐えられない軽さ』という映画のことで、そういえば香織はビデオを観ながら、主人公のトマシュに皮肉っぽい鼻の鳴らし方をしていた。―――
『存在の耐えられない軽さ』は1988年製作のアメリカ映画。 冷戦下のチェコスロバキアプラハの春を題材にしたミラン・クンデラの同名小説の映画化したもの。上映時間は171分とちょい長いようで。
洒落た映画をチョイスしてくるね~。

62Pより。
―――お袋はくどいほどカラオケを披露してくれたが、歌ったのは最初から最後まで『ラ・ノビア』だった。―――
「ラ・ノビア」はチリの音楽家ホアキン・プリエートが1958年に作詞・作曲した歌曲。本国だけではなくイタリアの歌手トニー・ダララや、日本の歌手ペギー葉山らがカバーし、世界中でヒットしたみたい。
歌詞の内容は、本意でない結婚を前にした女性の悲しみを歌っているとのこと。
うむむ、聞いたことない歌だわね。

187Pより。
―――「ねえ礼司くん、こちらの高森様、本郷に二つも家作を御持ちなんですって」―――
「かさく」とは作ってある家。特に、貸家にする目的で作った家。

189Pより。
―――「あたしが飲むのは実母散だけさ」―――
「じつぼさん」は数種類の生薬を配合した漢方薬
急な汗、ホットフラッシュ、イライラ・不安感、倦怠感・だるさ、肩こりなどのつらい更年期の症状にすぐれた効果を発揮するとのこと。命の母みたいなもんかな?

203Pより。
―――「あたしは巣鴨へ寄って、久しぶりにとげ抜き地蔵の塩団子でも食べて帰るさ。―――
巣鴨とげぬき地蔵通り名物の元祖塩大福みずの。
人気の秘密は小豆や餅の風味を生かした甘味と塩味の黄金比ってことらしい。
お餅と餡子の組み合わせは最強だわ。寒くなってきた今日この頃、熱いお茶と塩大福でほっこりしたいわ。
ところで塩大福ってやっぱりしょっぱいのかな?食べたことないのねよ。

216Pより。
―――「あなたの顔は絵に興味を持つ顔じゃないものね。増井さんもそうだったけど、あなた、プラグマチストでしょう」―――
「プラグマチスト」とは、プラグマティズムを信奉する人。 実用主義者。
実際に役立つことばかりを重視する傾向ってことなのかな?それなら絵に興味がないのも納得だわ。

237Pより。
―――礼司くんがその女の子に琺瑯のパーコレータをプレゼントしてあげて、それからあなたたちは映画を見にいった。あれは『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』だった。―――
マイライフ・アズ・ア・ドッグ』は1985年のスウェーデン映画。
スプートニク・ショックに揺れ、ワールドカップに熱狂する1950年代のスウェーデンを舞台に、幸薄い少年の成長をユーモラスに描いている作品のようで。
学生デートでこの映画をチョイスするとは、中々に渋いセンスだ。


<< 作中場面を勝手に想像したお絵描きコーナー >>

今回はコチラの場面を描いてみた(=゚ω゚)ノ
107Pのぽーんと帽子を放る場面もイイ感じだったけど、読んでいて思わずひやりとしてしまうニアミス場面をチョイス。修羅場の危険もあるけど一度くらいこんな経験もしてみたい!
年下キリコと年上香織、みなさんはどちらが好みだろうか?
個人的にはやっぱり香織派かなぁ~、しっぽり大人の魅力が好きですたい。
どちらにしても、今のおじさんにとっては年下になっちゃうけど。


149Pより。
―――そのとき、ぼくらの横を通った女の人の腰がテーブルに当たり、ちょっとぼくは、顔を上げてみる。女の人はそのまま化粧室へ歩いて行ったが、ぼくの背中には寒気のようなものが這いあがる。どうでもよくて、どうでもよくはないが、いったいいつから香織は、この店にいたのだ。―――